卒業式2025.02.11
卒業式全景
学校長式辞
卒業式式辞
立春が過ぎてからも寒い日が続きました。それでも、澄み切った空気は暖かな光と交じり合い、新しい世界の到来を予感させてくれます。 この良き日に、白陵高等学校を卒業される178名の皆さん、誠におめでとうございます。 ご来賓の姫路市長 清元秀泰様、兵庫県議会議員 山本敏信様をはじめ、ご列席の方々、そして皆さんの後輩たちとともに、ご卒業をお祝いしたいと思います。 併せて、関係者の皆様よりいただいた数々の厚いご支援に対して、心より御礼申し上げます。
皆さんが白陵高等学校に入学したのは3年前、令和4年の4月でした。入学式のあった4月9日は良く晴れた日となりました。 午前中の中学入学式のあと、午後から行われた高校入学式は、コロナ禍を超えて何かが新たに始まっていく、そんな予感のするものでした。 4月後半には皆さんにとって先輩となる女性医師によるキャリア講演会がありました。 彼女はこれまでのコロナ禍の逆風で2度キャンセルになった末、3度目の正直で名古屋からはるばる来てくれたのでした。 球技大会は6月。しかし当日は雨となり2日後に行われました。始めは曇り空でしたが次第に晴れ渡り、運動場ではノーマスク。 この日を待っていたとばかりに盛り上がりました。9月は運動会。高2の頼もしい先輩たちが、久しぶりとなる運動会を新たに創り出してくれました。 そのあと何故か学校閉鎖。その中ではコロナ禍で培ったリモート授業もありました。 続いて、台風に見舞われ、理科棟の前のクヌギの木が倒れました。それにも負けず?文化祭。 午前が中学部、午後が高校部、という若干情けないものでしたが、できないより100倍ましだ!というのが皆さんの共通理解だったでしょう。 そして11月になると白陵創立60周年。倒れた木を立てなおさんばかりのエネルギー溢れる立木先生(立てる木?)による数学に関する記念講演。 そしてアクリエ姫路での大阪フィルによる記念演奏会。ドヴォルザークの『新世界より』の響きには元気をもらいましたね。 3学期といえば高砂市体育館での柔道大会。またまた高2の先輩から元気をもらいました。 年度末には、化学室が少し燃えましたが、やがて皆さんは高校2年生になりました。今度は皆さんが燃えて、元気を与えるときが来たのです。
4月の始業式は絶好の?曇り空。桜は既に盛りを過ぎていました。 しかしBSテレ東の『The名門校』では「失敗を恐れるな!」と勇気をもらい、いざ球技大会へ。 ところが6月になって雨が多く、当日の6月14日は前日からの大雨で明後日に延期となりました。 そして6月16日。空は快晴、燃えましたね。もっと燃えたのが4年ぶりフルバージョンでの運動会。 白陵祭のテーマ「新生」にピッタリのものとなりました。あまりに燃えすぎて、その反動か、学級閉鎖や学校閉鎖が相次ぎました。 少し後にある文化祭開催が危ぶまれましたが、それもなんとか収まり、9月23日午前8時、気温24度、湿度74%、曇り所により晴れ。 あの歴史的な白陵文化祭が始まったのです。これほどの人間が1日に白陵校内に集まったことがかつてあったでしょうか。 曽根駅からの来場者が引きも切らず押し寄せました。 最近の白陵中学入試では、受験者に対し「志望理由」を書いてもらっているのですが、昨年や今年においては、文化祭の印象が強烈なのか、 「文化祭での白陵生の姿をみて・・・」と書く受験生がたくさんいます。11月は中国至宝芸術団によるハラハラドキドキの芸を鑑賞し、 その後の沖縄・石垣への修学旅行は天気に恵まれました。2月の柔道大会は雨、でも大丈夫。そして高校3年生となっていきました。
そういえば、高3の秋には神戸の国際ホールでも関西フィルによる演奏会がありましたね。 スメタナの『モルダウ』の演奏が終わった時、私の近くに座っていた知人がこんな話をしてくれました。 「昔、チェコにオーケストラを聞きに行ったとき、この曲が流れたとたん、隣に座っていた人が泣き始めたんです。 どうしましたかと聞くと、戦争の時アメリカに逃げて、今祖国のチェコに帰ってきたところです。この曲を聴くとつい・・・」と。 皆さんにとって白陵時代というのは一つの川に例えることができます。 モルダウ川のように、始めちょろちょろという小さな流れから次第に大きな河となって、今や大海に注ぎ込もうとしています。 その終盤となる高3になってからは、まだ記憶に新しいでしょうから、ぜひ自分の言葉で言語化してみてください。 過ぎ去ったことは変えようがありませんが、それを今どのように言語化するかで、未来は変えていくことができるのです。
さて、「卒業しようとする皆さん」とかけまして「着物を着ている人の足元は?」と、ときます。 その心は「足袋だっち!」でしょう。ちょっと無理がありますが、そうです皆さん、旅立ちの時がやってきたのです。 白陵卒業生としてのプライドをもって生きていってください。そのプライドとは、いざとなったら、つまらぬプライドなど捨てることができることです。 校是にあった「独立不羈」とは一人で立つことです。それは一つの目標ではあっても手段ではありません。立っていられないこともあります。 立ち上がれないときもあります。そんな時は「助けて―」と言えることが「白陵プライド」なのです。 助けてもらったときに、「ありがとう」と言えるのが白陵プライドです。元気をもらって、勇気をもらって、今度はそれを返していけばよいのです。 それをこの3年間で学んできたのではないでしょうか。白陵高校卒業生数は第60期生の皆さんを含めると10,434「この学年の良さよ」になりました。 仲間として刺激しあって、助け合って、そして独立不羈を目指してください。そしてさらにその先には「正明闊達」があります。 そのための新しいスタートですね。卒業おめでとう。
令和7年2月11日
学校法人三木学園 白陵高等学校 校長 宮﨑 陽太郎
送辞
在校生代表送辞
寒さの中にも春の訪れを感じる日に、白陵高等学校を旅立たれる皆様、ご卒業おめでとうございます。在校生一同、心よりお祝い申し上げます。
先輩方が卒業するとなって改めて今までの白陵での生活を振り返ると、コロナ禍という未曾有の状況に大きな影響を受けていたなと感じました。 全員がマスクを着用して授業を受け、行事も次々となくなってしまったので、入学したばかりだった私たち61期生は特に不安な気持ちを抱えていました。 そんな中で、私たちを支えてくださったのは、先輩方の存在でした。清掃を教えてくださったときには温かく声をかけてくださったり、 部活動では何度も一緒に練習してくださったりと、さまざまな場面で私たちに寄り添ってくださいました。 また、コロナ禍による行事短縮で省略されていた卒業式での吹奏楽部の生演奏は2年前、先輩方が指揮をとってくださっていたときに再開されました。 私事で大変恐縮ではございますが、先輩方が卒業される今年も演奏できたことをたいへん感慨深く思います。
そして先輩方が中心となった昨年度の白陵祭は、新型コロナウイルス感染症が五類に移行されて初めての開催として、 「新生」のスローガンを表したものとなりました。私たちは「新生」した白陵祭を繋いでいきたいと思い、 「つなぐ」をスローガンに今年度の白陵祭を作り上げました。先輩方の逞しい姿は私たちにとって大きな励みとなり、前に進む勇気を与えてくださいました。 白陵祭終了後、楽しかったとたくさんの先輩方からお声がけいただいて、心から嬉しく思いました。
そんな私たちの憧れの存在である先輩方が白陵を離れ、これから新しい地で活躍されることに寂しさも感じつつも、喜びの気持ちを抱いています。 私たちは先輩方が繋いでくださった白陵の伝統が受け継がれるようにこれからも日々精進してまいります。
最後に、先輩方のご健康とますますのご発展をお祈り申し上げまして、在校生代表の送辞とさせていただきます。
令和7年2月11日
在校生代表 広川 聡美
卒業式の一日
卒業式予行後の記念品贈呈