卒業式

卒業式全景

2012.02.11

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学校長式辞

卒業式式辞

地球温暖化ということがずっと言われてきましたが、今年の冬は立春が過ぎても厳しい寒さが続いています。 しかし、その寒さの向こうには、言うまでもなくうららかな春が待っています。 この自然の有り様は、皆さんとの今日の別れが、寂しさと今後への期待の両方につながっているのと似たところがあります。

本日ここに、野添育友会長様を始めとするご来賓の方々、多くの保護者の皆様のご出席をいただき、 学校法人三木学園白陵高等学校第47期生の卒業式を執り行うことができますことを心からうれしく思います。

ただ今卒業証書を授与しました190名の卒業生の皆さん、ご卒業おめでとう。心からお祝いを申し上げます。 ただ、皆さんはまだ大学入試が終わっておらず、この4月からどこで何をするか確定していない、いわば中ぶらりんの状況ですから、 これまでの3年間ないしは6年間を落ちついて振り返る気持ちにはまだなれないでしょう。 しかし今、皆さんが人生の期を画する重要な地点、「一人一人の人生」という言葉が実感されてくる、 いわば人生の大事なポイントに立っていることは間違いありません。

また、ご列席いただいております保護者の皆様、改めまして、ご子弟が本日の卒業を迎えられましたことに心からお喜びを申し上げます。 白陵生の保護者として、ご子弟の健康管理、学習環境の整備など、学校から求められること多く、日夜を分かたぬご苦労をなさっていただきました。 それだけに今日のお喜びは一入のものがあるかと拝察いたします。本当におめでとうございます。

さて、卒業生の皆さん、皆さんの白陵での軌跡は、明確に思い浮かべることができます。 中学3年の7月に竣工式を挙げた新校舎で高校1年をスタートさせた47期生。 しかし、この年平成21年は忘れることができない年になりました。11月に前校長吉田先生が逝去なさったのです。 ことの大きさが十分分かっている皆さんは、動ずることなく、白陵の生徒として最も大事な学業に専念する姿勢を崩しませんでした。 元気者学年として中学の時から知られていた皆さんは、時に若さのはずみで羽目を外しそうになっても、 結局はその元気を自分たちのエネルギーにしてこの三年間を走り続けてきました。学習の成果を着実に積み上げていき、 部活動や校外での活動にも鮮やかな結果を示し、生徒会が取り仕切った白陵祭でも見事な采配ぶりを見せてくれました。 こういうことに、皆さん自身も充実感があったでしょうが、それ以上に、私たちと保護者の皆さんに大きな喜びをもたらしました。 それは、未来につながるものを確かに目の前に見せてくれているという感じがしたからです。

皆さんの白陵生活は、抽象的には3つの校訓・校是に導かれた毎日ということですが、端的に言うと、 日々の弛まぬ努力によって作り上げてきた地味な高校生活ということになるでしょう。 皆さんより鋭い頭脳を持つ生徒は、世の中にはおそらく沢山います。 しかし、皆さんの一番の特徴は、指示されたものや目指せといわれたものに、逃げることなくまともにぶつかっていく、 厳しい叱責にも耐えて時には無茶な要求をも受け入れてがんばる、そういう生き方です。 皆さんはこの生活を半ば当たり前と思ってきました。そして、それが皆さんの成長につながっていることを、私は疑いません。 吉田前校長は言っていました。「やってきたことに自信を持ち、そこから出発しよう」と。

昨年の東日本大震災は、すべての国民にとって、言葉を失うような衝撃的な出来事でした。 ゆるみきった日本が天罰を受けたのだと言う人がいました。日本には平穏な時などなかったのであり、 災害や混乱や活気のなさや不況が常に付きまとってきたのだと言う人もおりました。 しかし、こと自然に関して言いますと、これほどの被害を受け続けながら、自然は畏怖感よりも豊かな恵みを与えてくれると日本人は考えてきた、 それは確かだと思われます。冬の時代があっても穏やかな春がくると思うのは、 日本の自然・四季の確かな循環が教えてくれるからです。人間のことを「民草」とか「青人草」と表現するのは、 自然との一体感、自然への親愛感を物語っています。

しかしそういう日本も、明治以降、世界的な歴史の流れに乗って、合理性重視、経済一辺倒の傾向が強かったことも事実です。 そしてカネ・モノが一瞬のうちに世界を駆けめぐる現代は、いわば社会的時間が加速してしまいました。 本来日本人の生活の中で意識されてきた生物の時間、自然の時間が忘れられてしまった感があります。 今の日本人の頼り無さ、ひ弱さはそのことと無関係なのでしょうか。

しかし、今回の震災で明らかになったこともあります。日本人の耐える力であり、お互いに支え会う心です。 ある識者は、震災で目覚めたのは、利己的でない利他的な遺伝子だと言いました。 そして、コンピュータによるシミュレーション実験による、自分のことしか考えない強欲な生物よりも分け与えようとする 生物の方が長生きするという結果をもとに、日本人はそういう遺伝子をもともと持っているのだと言いました。 私は、ある雑誌で、そういう日本人の典型のような話を読みました。日本に留学していた娘さんを尋ねて、 訪日中に震災に遭ったドイツ人の老夫婦のことです。日本人と一緒に避難をし、最後にドイツに帰国するまで、 彼らが出会ったのは、被災の中にあっても礼儀正しく、思いやりがあり、自分のことを省みず援助しようとする日本人だったそうです。

私はこれまで皆さんに、「今できることをすればいいし、無理に震災にかかわろうとすることはない」と言ってきました。 しかし、これから大学生、さらに社会人となるに従い、いろいろなものが見えてきて、自分のすべきことも分かると思います。 その際、皆さんの生き甲斐にもかかわることですが、「そのことが人の役に立つかどうか」という観点を意識して欲しいと思います。 これは生き方の問題であり、善か悪か、正か不正かというだけでなく、私たちの美意識にも関係することだと思っています。

そのことと関連しますが、日本はものづくり大国だと言われてきました。 日本人がつくるものは、高品質で値段も高くないので人気があるのですが、もう一つ「いいものは美しい」という考え方がそこにあるのです。 技術と美しさを一体のものと考え、さらに人間の有り様にまで美しさを求めるのが日本人です。

皆さんは、これからいろいろなことがあり、様々な状況に置かれて、苦しい時もあるでしょう。 しかし、人は恵まれている時に持っている力が出せるとは限りません。 むしろ恵まれない状況で、生きるために必死になっている時に最も力が出ると思ってください。 皆さんが本校で苦労したことは、そのまま皆さんの力に結びついているのです。

司馬遼太郎は、明治時代の日本人を、「坂の上の雲を目指して登る」姿として描きました。 最近、作家の五木寛之氏は「現代は坂を下る時代であり、ちゃんと下ってこそ山に登ったと言える」と書いています。 しかし、これは今の日本全体について言ったことであり、皆さんには当てはまりません。 皆さんは間違いなく坂道を登っています。若者はだから、ハアハア言い、不安になったり、 一杯の水に大きな感謝の気持ちを抱いたりするのです。

皆さんは今日、白陵を卒業します。卒業するということは、ここでなすべきことは成し終えたということです。 白陵はこのあと創立50周年を迎え、さらなる発展を目指しますが、皆さんも新たなる場で、困難に負けずに歩んで行って下さい。 練り返しになりますが、若者というのはその存在自体が希望の灯火なのです。 皆さんが元気でそれぞれの人生を作り上げていくことをお祈りし、式辞といたします。

  平成24年2月11日
                    学校法人三木学園白陵高等学校 校長    斎藤興哉

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卒業式の一日

第47回高等学校卒業式の日です。

2012.02.11


記念棟正面玄関に卒業式々場の文字が。


受付です。


祝電がボード上に披露されています。


一同起立して、国家斉唱。


卒業証書授与。


学年主任から呼名されて、校長から卒業証書が卒業生一人一人に手渡されていきます。


彼は今回最も目立った卒業生の一人です。


優等賞が授与されます。


努力賞が授与されます。


皆勤賞を授与される者が呼名され、起立したところ。


皆勤賞を代表が受け取ります。


功労賞が授与されます。


校長式辞。


在校生代表として、現生徒会長が送辞を述べます。


卒業生総代が答辞を読みます。


記念品目録を贈呈します。


卒業式の歌。蛍の光、仰げば尊し(卒業生のみ)、そして、校歌です。


非常に良く声が出て、元気でした。


拍手と威風堂々の曲の中、卒業生が退場。


記念棟の横の狭い通路を通って、HRへ。


謝恩会会場です。今年は体育館で行われます。


学年主任の挨拶。同窓会の幹事の二人が紹介されました。


挨拶が済むと、生徒二人が謝恩会の司会になり、取り仕切ります。


今年は後輩からのビデオレターが上映されました。


有志による合唱。

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