高校入学式
入学式全景
2020.04.09
学校長式辞
入学式式辞
各所で桜が咲き誇り、徐々に緑に変わって新しい季節を迎えようとしている今日この頃です。
この良き日に、白陵高等学校に入学された191名の皆さん、ご入学誠におめでとうございます。
教職員とともに、皆さんの入学を心よりお祝い申し上げます。
また、保護者の皆さまには、本日を迎えるまでのご苦労に対して、敬意を表するとともに、お子様のご入学を心よりお慶び申し上げます。
ここで、学園を代表して、お祝いと激励の言葉を贈りたいと思います。
皆さんは白陵高等学校の第59期生となります。これは学校が創立して59年目になるということでもあります。
およそ60年ですね。日本はこのところ30年ほどで大きく時代が変わってきています。
1930年からは「戦争の時代」、1960年からは「経済発展の時代」、1990年からは「迷いの時代」といったところでしょうか。
白陵もそれに呼応するように、30年×2のおよそ60年を歩んできたのです。
そして後半30年は世の中の低迷とは逆に、成熟してきた道のりだったと振り返っています。
日本のこれからの30年は、低迷の果てにコロナ禍となり、現状が瓦解したところからのスタートとなりそうです。
そのようなとき、あらゆる場所で必要なのは、未来を新たに創り出していく人間です。
明るく前向きで、人間に対して暖かい未来を創っていく人たちの登場が待たれます。
それは個人から組織に至るまで同じことが言えるのではないでしょうか。
これまでの30年は、むしろ何もしないほうが受ける傷も少なく平穏にやっていけたという面もありましたが、これからはそうはいきません。
まして、自らは何もせず他人を批判するだけの人、他人の足を引っ張るだけの人は、
結局自分で自分を苦しめることにしかならない、そんな世の中になってくるのだと思います。
我々人類の学名「Homo Sapiens」はラテン語で賢い人間という意味ですが、人類は「Homo Ludens(遊ぶ人間)」
であるといったのがオランダの歴史家ヨハン・ホイジンガでした。かれは著書『Homo Ludens』の中で「遊びは文化より古い」と言っています。
これは単に遊びは時間がたてば文化に変わるという意味ではありません。
ただ面白いから遊ぶのだという遊びの本質において、遊びは「真面目であるか否か」より、人間にとってより深くて根源的なものであるというのです。
文化は遊びがあってこそ発展したものであり、スポーツはもちろんのこと、学問、芸術からなんと法律に至るまで、およそあらゆるものの発展には遊びが不可欠でした。
そして近代になって功利主義や名誉欲がはびこり、このような遊び的要素が失われていったのです。
しかし、我々人間は常により高いものを求める存在であり、そのための努力を実現するために先天的に与えられている機能、
それが遊びなのだというのです。
こうしてみると、未来を新たに創り出していくべき現代において最も必要なのが遊びに対するこの捉え方であるといえるのではないでしょうか。
遊びには、「自由であること」と同時に「限定的でルールがあること」という、ともすれば矛盾する要素があります。
だからこそ、例えば真剣に勉強するというのもこの「遊び」に包括されてしまうのでしょう。
白陵高校で大いに遊べ!というと叱られるかもしれませんが、どうかこの真意を皆さんが先天的に持つ「遊びの精神」で汲み取ってみてください。
皆さんの大いなる成長を祈念し、式辞といたします。
令和3年4月9日
学校法人白陵高等学校 校長 宮﨑 陽太郎
入学式の一日
第59回高校入学式の日です。
2021.04.09